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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)746号 判決

七十七銀行

事実

被控人(一審原告、敗訴)は、昭和二十七年九月十二日支払を停止し翌二十八年四月一日破産宣告を受けた株式会社イブニングスター社の破産管財人である。ところで破産会社は書籍の出版業を営んでいたのであるが、昭和二十四年事業不振のため倒産状態となつた際当時被控訴人株式会社七十七銀行の東京支店長であつた坂井二郎の斜旋により同支店より金四百万円の特別融資を受けて危機を免れたが、その後坂井二郎を破産会社の取締役社長に迎えると共に昭和二十六年頃より在庫商品及び売掛代金等を担保として被控訴銀行東京支店より常時金四千万円を限度とする融資を受けて事業を継続していた。その後破産会社は再び倒産状態に陥つたため、昭和二十七年八月被控訴銀行東京支店より「従来の四千万円の枠による融資を継続することはできないから他の債権者に対しては支払期日を一年延期し貰つた上分割支払の方法をとれ。なお人員を減らして社内機構を整理せよ。そうすれば枠を縮少して融資してやる」との通達を受けた。そこで破産会社は右の通達事項実現に努めると共に、被控訴銀行の要求により昭和二十七年八月別紙物件目録記載(省略)の書籍を譲渡担保とし、被控訴銀行東京支店との間に三千七百万円を限度として融資契約を締結した。ところが右契約を締結し目的物件を引き渡すや、被控訴銀行東京支店は「本店からの命令で融資はできない」と譲渡担保とした書籍を従来の債権の一部に充当する旨を通告し、同時に金融を拒否したため破産会社は昭和二十七年九月十二日遂に約束手形不渡により支払を停止するに至り、同年十月二十二日破産の申立を受けたのである。すなわち、右譲渡担保契約の締結は破産会社、被控訴銀行共に他の債権者を害することを知悉して為した行為であるから、破産法第七十二条第一号に該当する。

さらに破産会社は支払を停止し破産の申立を受けた後の昭和二十七年十二月三十日破産債権者を害することを知りながら、東京出版販売株式会社ほか三社に対する売掛代金債権合計四百七十六万一千百四十五円を被控訴銀行東京支店に譲渡し、同支店は他の破産債権者を害することを知悉しながら右債権の譲渡を受け、その譲受債権のうち二百十四万一千六百七十四円の支払を受けた。

破産会社と被控訴銀行東京支店との間になされた右債権譲渡及び譲渡担保契約は何れも破産法第七十二条第二号に該当するから、控訴人は本訴を以てこれらに対する否認権を行使し、被控訴銀行に対し譲渡された債権中、債務者日本出版販売株式会社ほか二社から支払を受けた金額合計金二百十四万一千六百七十四円と譲渡担保として取得した書籍合計十一万六千六百九冊を引き渡すべきであり、もし右書籍の引渡ができない場合はその代償として卸売価格相当額の金五百六十九万四千百六十九円を支払うべきである、と主張した。

被控訴人株式会社七十七銀行は抗弁として、控訴銀行は昭和二十三年頃より破産会社に対し、手形割引又は手形貸付の方法により貸付をして来たのであるが、昭和二十五年四月二十六日に至り破産会社は被控訴銀行に対し、同日現在において負担し又は将来負担する債務の総てを担保するため破産会社が同日以降において日本出版販売株式会社及び東京出版販売株式会社に対して取得する雑誌ポピュラーサイエンスその他の商品売掛金債権の全部に債権設定をし、同日附内容証明郵便を以て破産会社より右両訴外会社にその旨の通知をし、爾後被控訴銀行は右両訴外会社より破産会社が売り渡した雑誌ポピュラーサイエンスその他商品代金を直接受領し、破産会社に対する貸付元利金の一部に充当して来たものである。

その後昭和二十六年九月一日、破産会社は被控訴銀行に対し、同日現在負担し又は将来負担する債務を担保するため、同日現在において所有し又は将来所有する総ての商品並びに前記東京出版販売株式会社及び日本出版販売株式会社以外の得意先に対し現に所有し又は将来取得する商品売掛代金債権の総てを譲渡し、被控訴銀行の請求あり次第何時でも在庫商品の全部及び一部を引き渡し且つ売掛代金債権譲渡に必要な手続をすべきことを約したので、被控訴銀行は破産会社に対し更に融資を続けることとしたのである。

被控訴銀行は前記契約に基き昭和二十七年八月三十一日別紙目録記載の在庫品を破産会社から引渡を受け、同二十八年四月二十日までの間に合計金二百万一千四百円で売り渡し、その売掛代金を破産会社に対する貸付元利金の一部に充当したものである。

仮りに破産会社からその手持在庫書籍類を譲渡担保として被控訴銀行に提供する旨の昭和二十七年八月三十一日の契約が破産法第七十二条第一号により否認されるべきものであるとしても、これらの書籍は、被控訴人においてこれを売却処分した当時、いずれも俗に「ゾツキ」と称せられる返本されたものであつて、通常の書店で定価通りに販売できない書籍を取り扱う業者が一括して安価に買い取る種類のものであり、現に被控訴人においてこれらの書籍を売却処分して得た代金額は前記のとおり金二百万千四百円であるから、被控訴人は右金額の限度で返還の義務があるに過ぎず、従つてこれら書籍の卸売価額に相当する金五百六十九万四千百六十九円の支払を求める控訴人の請求は失当であると主張した。

理由

証拠を綜合すると、次のような事実を認定することができる。

破産会社は昭和二十一年二月頃から出版事業を始め、戦後の混乱期に相当の業績を収めたが、昭和二十三年頃に約六百万円の損失を蒙り不振状態に陥つたところ、たまたま当時破産会社の会長であつた上村甚四郎の主宰する泰和産業株式会社が被控訴銀行から相当の融資を受けていた縁故で、破産会社も被控訴銀行東京支店から金四百万円の融資を受けて一時立ち直り、各種の雑誌、単行本の発行をし、事業を継続してきた。しかし業績はさほどに振わず、被控訴銀行からは次第に多額の融資を受けるようになり、昭和二十五年四月中には、被控訴銀行の融資に対して、破産会社の発行すべき出版物の全部及びその出版物の元卸先に対する代金債権を担保とすることを約した上、その代金債権については、大口の取引先である訴外日本出版販売株式会社及び東京出版販売株式会社に対して、破産会社及び被控訴銀行連名のもとに、同月二十六日附内容証明郵便をもつて、以後右各会社に対する破産会社の売掛代金はすべて被控訴銀行が破産会社に代つて受領する旨、且つ破産会社は被控訴銀行に対してその場合における包括的な代金受領の委任をした旨の書面を送り、その頃右各会社のこれに対する承諾を得た。爾来被控訴銀行は破産会社に代つて右各会社から破産会社も売掛代金を受領し、破産会社に対する融資金の返済に充当し、さらに引き続き融資をしてきた。その後被控訴銀行東京支店長としてこれらの取引に当つていた坂井二郎は被控訴銀行を退職し、しばらくしてから破産会社の取締役社長に迎えられ、また破産会社の経理事務には被控訴銀行の元行員の穴沢がこれにあたることになるなど、両者の人的関係も一層密なるを加えることになつたが、その間被控訴銀行の破産会社に対する融資の限度額を金四千万円と定めるとともに、昭和二十六年九月一日には改めて破産会社はその後に生ずるその出版物卸取引先に対する売掛金債権及びすべての在庫出版物を担保として被控訴銀行に提供することを約し、前同様の方法で右売掛金は被控訴銀行が取り立て、在庫品の出納は一応破産会社で取り扱つたが、その都度被控訴銀行に報告し、正常な金融機関としては専ら被控訴銀行に依存していた。また、被控訴銀行においても破産会社に対する金融の度ごとに、一々その資金の用途、返済資源等を明記した計画書を提出させるなど、その経営に対する監視に努めていたのである。ところが、破産会社の業績は依然として悪く、前記売掛金債権及び在庫品を除けば他に確実な資産もないのに、昭和二十七年八月には、被控訴銀行の融資額は四千万円を超える状態となつたほかに、相当多額の債権を負担するに至つたので、同月二十三日に、破産会社は被控訴銀行の申入によつて第二会社設立、人員整理等を骨子とする再健整備案を提出して、会社機構及び事業の縮少を企てるとともに、被控訴銀行の融資限も金三千七百万円に減額し、同月三十一日には更に改めて当時破産会社に在庫していた控訴人主張の書籍を被控訴銀行に譲渡し、占有改定による引渡をすませたが、被控訴銀行はなお破産会社の業態を検討した結果、以後の融資を拒絶することに決定し、その旨を同年九月十一日頃破産会社に通告したため、破産会社はついに同月十二日支払停止をするに至つたものである。

以上のとおり認められるのであるが、そこで先ず前記書籍の譲渡担保契約の否認の当否について検討する。

前示認定事実によれば、右譲渡担保契約は、被控訴銀行の融資に対しては破産会社のすべての在庫出版物を担保として提供する旨の昭和二十六年九月一日附の基本契約、さかのぼつては昭和二十五年四月中に成立した同趣旨の契約の履行としてされたものではあるが、これらの基本契約は単に破産会社に将来一切の出版物を担保として提供すべき義務を負わせたものであるに過ぎず、前記書籍の処分行為としては、昭和二十七年八月三十一日の譲渡担保契約によつて始めてされたものと認めなくてはならない。

ところで、右譲渡担保契約のされた昭和二十七年八月三十一日の頃には被控訴銀行は破産会社に対して長年に亘り多額の融資をしてきており、また人的にも上村、坂井、穴沢等を通じて前記のような親密な関係があつて、さらにまた事業経営の上にも資金運営計画、債権回収等の全般にわたつて掌中におさめ、再建整理をも申し入れるなど、一種の銀行管理にもひとしい形態で破産会社の経営に関与してきたものであるから、破産会社の財産状態を終始把握していたことは明らかである。ことに、前記八月二十三日には従来四千万円であつた融資限度を三千七百万円に減じた上、譲渡担保として同月三十一日に前記書籍の引渡をも受けたにも拘らず、以後の融資を拒絶する旨翌九月十一日に通告している事実は、これをもつて右譲渡担保契約締結の日たる八月三十一日には、被控訴銀行は破産会社において到底その債務を完済する能力のないことを知つていたと推測するのに十分である。元来、破産会社がそれまで辛うじてその事業を継続していたことも、被控訴銀行の間断ない融資があつたればこそであり、その融資の途を絶たれるにおいては事業の破滅となるべきことは関係者の十分予期していたところといわなくてはならず、また、被控訴銀行が破産会社に対する融資を継続してきたことは、破産会社の一切の売掛金債権及び在庫品を担保として提供すべき旨の前記契約に基いてのことではあるが、多数の債権者に対して平等の満足を与えることを目的とする破産法の精神に照らせば、このような抽象的な契約によつて破産会社の将来獲得すべき一切の財産について独占的な権利を取得したと解することは相当でない。従つて、右担保提供行為につき、その両当事者が他の破産債権者を害すべきことを知つていたか否かを判断するについては、現実に目的財産に対する処分行為のされた日である昭和二十七年八月三十一日における認識をもつてその基準とすべく、そして同日においては破産会社及び被控訴会社の双方とも該行為の他の債権者を害するものであることを知りながらこれをしたものと推測せざるを得ず、これをくつがえすに足る証拠は認められない。

次に、前記各債権譲渡行為について考えるのに、証拠によれば、東京出版販売株式会社及び日本出版販売株式会社に対する前記各債権譲渡は、何れも昭和二十七年十二月三十日の確定日附で右各債権者に対して通知されていることが明らかであつて、当事者間において右各債権譲渡の行われた日についてはこれを確認するに足る何らの証拠がないが、右各債権は何れも昭和二十七年九月十二日の帳尻における債権であることが明らかであるので、右債権譲渡が当事者間に行われたのも、少なくとも同日以後前後前記通知の日までの間であると断定するのが相当である。

被控訴人はこれらの債権を譲り受けたのは昭和二十五年四月二十六日であること主張し、証拠によれば、破産会社及び被控訴銀行は、同日附、連名の書面をもつて前記両会社に対して、爾後破産会社が右両会社から受領すべき雑誌等の売上代金は、被控訴銀行を代理人としてその受領方を委任する旨通告した事実を認めることができるけれども、右事実は必ずしもこれをもつて当事者間に債権譲渡のあつたことを認めるに足るというものではない。当時未だ発生していたことも明らかでなく、また、将来発生すべき関係にあつたにもせよ、その原因として、発刊せらるべき書籍・雑誌の種類、数量、代価、発行時期も確定せず、またその債権の発生すべき期間等についてさえ何ら限定されることのないこのような債権について、そのような処分行為をなし得たであろうとは考えられないからである。もつとも、前に認定した事実によれば、これらの各債権譲渡行為も、事前に成立した担保を提供すべき旨の基本契約の履行としてされたものと認めることはできようが、破産法第七十二条の適用を検討すべき財産処分行為としては、現実に当該債権についてなされた譲渡行為が対象とされるべきであり、その日は破産会社の支払停止の日の後である昭和二十七年九月十二日以降であると認めざるを得ないこと、前に説示したとおりである。

破産会社から被控訴銀行に対してした右各債権譲渡は破産会社の支払停止後になされたものであり、また前段認定事実に徴すると、被控訴銀行は右支払停止を知つていたと認めるのが相当であるから、右各債権譲渡行為に対する控訴人の否認権の行使もその理由ありというべきである。

よつて、被控訴銀行は控訴人に対して、前記譲渡担保契約に基いて受領した書籍を返還し、且つ前記各債権譲渡契約に基き受領した金員に、受領の日の翌日から支払済までの遅延損害金を附して支払うべき義務があるところ、被控訴銀行は既にこれらの書籍を第三者に売却処分してしまつていることが明らかであるから、特別の事情の認められない本件においては被控訴銀行がこれらの書籍を控訴人に返還することは不能に帰したものというべく、被控訴人はこれに代えて、その処分の時におけるその相当価額に相当する金員を支払うべき義務を負うに至つたものといわなくてはならない。控訴人は、金五百六十九万四千百六十九円をもつてその卸売価格相当額であると主張するが、証拠によれば、当時右各書籍はいわゆるゾツキ本として、通常の卸売価格で売ることができないものであつたことが窺い知られるから、控訴人主張の交換価格を有していたとは認められず、結局右各書籍は被控訴人がこれらの売却によつて得たことを自認する金二百万一千四百円を超える価額を有していたことを認めるべき証拠がない。

従つて、被控訴人は控訴人に対して、原判決でその請求を認容された金員(原判決は、被控訴人が昭和二十七年九月十二日株式会社中央社に対する二十万円の債権を譲り受けた部分のみを否認し得るとして、被控訴人に対し右金二十万円の支払を命じている)のほか前記各債権譲渡に基き東京出版販売株式会社及び日本出版販売株式会社から受領した金員合計百九十四万一千六百七十四円及びこれに対する支払済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金並びに前記各書籍の返還に代えてその相当価額であると認めるべき金二百万一千四百円を支払うべき義務があるものといわなくてはならない。

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